「ティアズ・イン・ヘブン」(「天国の涙」)「天国での再会を待ち望む」

  「ティアズ・イン・ヘブン」(「天国の涙」)

 

 イギリスのギタリストのエリック・クラプトンは4歳になる息子を高層住宅の窓から転落事故で失い、悲嘆にくれていました。そして、やり場のない悲しみをぶつけるように「ティアズ・イン・ヘブン」(「天国の涙」)という曲を作りました。その曲の内容は以下のようになります。


「もし天国で会ったら、お前は私の名を覚えてくれているかい。
もし天国で会ったら、同じままでいてくれているかい。
私は強くなければならない。そして、やりとげなければならない。
天国にいるのではないから。
もし天国で会ったら、お前は私の手を握ってくれるかい。
もし天国で会ったら、私が立ち上がることを助けてくれるかい。
私は昼も夜も私の行く道を見つける。
私は天国におれないということを知っているから。
あるときには、落ち込む。
あるときには、ひざまづく。
あるときには、失望する。
お願い、お願いと訴える。
ドアの向こうには、きっと、やすらぎがある。
そして、私は知っている。天国にはもう涙はいらないことを」

という詩になっています。


 この詩は一見、悲しみと失望、嘆きという内容に思えますが、しかし、そうではなく、クラプトンは数年後のテレビのインタビューで、「ある意味であれは悲しい曲ではありません。むしろ、信仰の曲です。天国にはもう涙がないと言っていますから、再会を夢見る歌だと思うのです」というように語りました。


 ここで彼は「再会を夢見る歌」と語っていますが、ここでさらに深く考えてみて再会の前に愛する逝去者はどのような気持ちでおられるでしょうか。


 それについてはデービッド・ブラント・バーグという人は「この世を去った人は、天国であなたを待っている」と述べています。ここで「待っている」というように「この世を去った方々は楽しみに、待ち遠しい感じのように私たちを待っていてくださっている」のではないでしょうか。

 

 「天国での再会を待ち望む」

 

 使徒パウロはテサロニケの信徒への手紙一4:13で「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないためにぜひ次のことを知っておいてほしい」と述べて、遺された方に対してメッセージを送っています。

 ここでの当時の背景は紀元後の約50年頃のテサロニケのクリスチャンは、主イエス様が再び来られる時まで信仰者は死ぬことはないと考えていました。しかし、イエス様が来られる前に眠りについた者、つまり、亡くなる信仰者が出始めて、そこで教会は混乱し、「嘆き悲しみ」がテサロニケの教会にはあったという背景がありました。

 当時の信仰者の中に「嘆き悲しみ」があった理由には彼らはイエス様の再臨以前に死んでしまう人は滅んでしまうのではないかという思い違いをして不安を持っていたからでした。

 そのように当時の眠りについた者、先だって亡くなった信仰者の中には親や兄弟、子供、親しくしていた人がいたことも充分考えられ、彼らが滅んでしまうのでないかと思い込んで非常に悲しみ苦しんでいたのでした。

 そこでパウロは嘆き悲しむことのないよう、「イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」という重要なことを知ってもらいたいと語るのです。

 「イエスと一緒に導き出してくださいます」というのは「すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります」ということです。

 ここでまず、「空中で主と出会う」こと、「空中」とは「天国」を指し、「天国」先に神様と出会い、そしてまたすでに召された者も生き残っている者も、共に栄光の姿に変えられて、天国で会うようになるということを言っているのです。

 このように死の向こうに、暖かく迎えてくだって、私たちを待っておられる神様がおられ、また先に天国に召されて、愛する方々も待っていてくださっていますので、私たちは今後、天国での神様や故人との再会を楽しみにして、希望を持って生きていきたいと思います。

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